日露戦争と松山
AS THE HAGUE ORDAINS
THE HAGUE 1899
CONVENTION WITH RESPECT TO THE LAWS AND CUSTOMS OF WAR ON LAND
Annex: Section 1- Belligennts
Chapter U-Prisoners of War
Article VU.
The Goverment into whose hands prisoners of war have fallen is bound
to maintain them.
Falling a special agreement between the belligerents, prisoners of
war shall be treated as regards food,
quarters and clothing, on the same footing as the troops of the Goverment
which has captured them.
Russo-Japanese War (1904
- 1905)
『松山収容所捕虜と日本人』中公新書の著者才神時雄氏は
出筆の動機を、第二次大戦後のシベリアでの自身の捕虜生活の中で
ロシヤの老人から、マツヤマを知っているかと話しかけられたことに始まると述べている。
このとき氏をはじめとする一般の日本人において、
はじめて耳にする歴史的事実であったと。それは
『生き残っている当時の関係者に個人の思い出としてひっそりとのこされているにすぎない。
今のうちに記録としてのこさないかぎり個人とともにきえていく運命にあった。』と
私が生まれる少し前に他界した母方の祖母も、当時のマツヤマにおいて
ロシア人捕虜と関わった、消え去った存在の一人である。
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